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名古屋地方裁判所 昭和35年(ヨ)884号 決定

申請人 柴田美津子

被申請人 愛三工業株式会社

主文

本件申請を却下する。

申請費用は申請人の負担とする。

理由

第一、当事者の申立

申請代理人は本位的請求として「被申請人が申請人に対し昭和三五年八月一九日に為した解雇の意思表示の効力は本案判決ある迄仮に之を停止する。

被申請人は申請人に対し昭和三五年八月二一日以降右本案確定に至る迄一ケ月金九、〇〇〇円也の割合による金員を支払え」との決定を予備的請求として「申請人の被申請人たる従業員の地位は昭和三五年八月二〇日の期限の到来によつては失われないことを本案判決に至る迄仮に確認する」との決定を求め、被申請代理人は主文同旨の決定を求めた。

第二、当事者の主張

申請代理人は申請の理由として

一、申請人は昭和三五年二月一〇日被申請会社臨時工として採用され、同会社製造部製造課近藤組(組長近藤健三)エアーマイクロメーター係として勤務して来た。その間締結された雇傭契約の期間はそれぞれ当該月二一日から翌月の二〇日迄の一ケ月であるが、申請人は被申請人との間に二月二一日第一回、三月二一日第二回、四月二一日第三回、五月二一日第四回、六月二一日第五回、七月二一日第六回の契約更新を為し、通算して六ケ月と二九日間継続して同一の業務に従事して来たものである。

二、然るに被申請人は昭和三五年八月一九日申請人に対し「申請人の家庭調査の結果、会社の都合上ということで一ケ月間の解雇予告手当を出すから辞めて貰う」旨の通告を為し、労働契約を終了させる旨の意思表示をした。

三、申請人は右通告を以て解雇通告であると判断するのであるが次のような理由によつて右解雇の意思表示は無効である。

申請人と被申請人との間の雇傭契約は実質において期間の定めのない労働契約であると考えられる。即ち前記の如く一ケ月毎に六回にわたり契約が更新され、且つ同一作業に引続き従事しその仕事の内容も本工と殆んど変りなく、又同一業務に従事する他の臨時工も又長期に亘り同一作業に従事して孰れも本工になることを唯一の希望として真面目に仕事を継続して来ており、臨時工から本工への昇格は昭和三五年五月以降八月に至る迄に七一名の多きを数え、孰れも一年乃至三年間の契約更新による臨時工勤務を経た後本工に昇格しているのである。そして前記六ケ月余の間申請人においては何らの就業規則違反もなかつたのであるから契約は当然更新されるものとの更新期待権を有していたのであつて、その実質においては期間の定めのない労働契約である。然るに本件解雇には「家庭調査の結果、会社の都合により」との理由が通告されたのみで臨時工にも適用されることの明白な「従業員就業規則」第一一条の解雇事由が存在しないから就業規則に違反するものであり、解雇権の濫用であるから無効である。

四、仮に右の如く申請人と被申請会社との間の労働契約が期間の定めのない契約に迄高められていないとしても、前記のような申請人の契約の更新が期待権として意識され、且つ客観的にも認識されている場合においては昭和三五年八月二一日に為さるべき第七回更新手続が申請人の意思に反して被申請会社の一方的な意思により拒絶された本件の場合においては単純なる労働契約期間満了の場合(つまり労働契約の合意解除と同一視さるべき場合)を以て論ずることはできないのであつて、右拒絶については正当事由の存在が必要であると考えられる。

右の法理は労働基準法第二一条において明確に確立されていると共に被申請会社は臨時工契約書において解雇手当は一切授受しない旨契約事項として明記されているのにも拘らず労働基準法に従い一ケ月分の解雇予告手当を支払う旨告げていることからも明白である。右の如く更新拒絶についての正当事由が必要であるのに之が存在しない以上は更新拒絶の効力は発生しない。

五、申請人は左の如き賃金の支払を受けていた。即ち六月分九、三四四円、八月分九、四九七円であり、九月分以降一ケ月金九、〇〇〇円也を下らざる賃金収入を得べかりしものである。申請人は右賃金により生活している労働者であり、近く本案訴訟を提起するものであるが本案判決に至る迄生活を維持すべき収入を途絶されたままでは生計に窮すること明白であるので保全の必要性の存することも明らかである。

と述べ、

被申請会社代理人は

一、申請人主張の一の事実は争わない。但し被申請人としては右臨時工契約を更新したものとは考えていない。その都度被申請会社の業務の都合により改めて契約を為すや否やを定め、臨時工の意思をも確かめ、毎月二一日契約書を提出させて雇傭しているものである。

二、申請人主張の二の日時において申請人に対し臨時工契約締結の意向がない旨を申渡したことはあるが、之は期間満了によつて雇傭関係は当然に失効するので改めて意思表示をする必要はないけれども今迄の例もあり、他にも期間満了で関係を終了するものが数名あつたので申請人等を呼んで申渡を為したものであり、その際申請人より理由を尋ねられたので「会社の業務上の都合である」と答えたにすぎない。

三、申請人主張の三、四について、本件雇傭関係の終了に対する被申請人の主張は次のとおりである。

(イ)  申請人と被申請人との間の雇傭関係は昭和三五年七月二二日付臨時工契約書に基く昭和三五年七月二一日より同年八月二〇日迄の確定期間ある雇傭契約であつて期間満了により当然雇傭契約は終了するものである。

(ロ)  仮に(イ)の主張が認められず引続き使用されるに至つた場合と見てもそれは労働基準法第二一条第二号に該当する場合でないと謂うに止まり同法第二〇条所定の解雇予告手当金を支給しなければならないことになるだけである。しかるに被申請会社は申請人に対し八月一九日右手当金相当額を提供する意思を表示し翌二〇日には現実に提供しているので本件雇傭関係の終了には何等影響はない。

(ハ)  仮に申請人が引続き使用されている点を特に重視し、申請人が昭和三五年八月二一日以降においても雇傭されるであろうと謂う期待権的権利が存し、その拒否には正当な事由が必要であると解しても、被申請人としては雇傭継続拒否につき正当な事由が存在している。即ち被申請人において申請人に通告した「業務の都合上」ということは申請人が臨時工として勤務ぶりが非協力的で他の同僚とも折合が悪く職場の統制上好ましくないので申請人の職場の長より不要の旨の申出があつた程であるから、右の正当事由が存在するものと謂うべきである。

(ニ)  仮に申請人主張のように本件雇傭関係を期間の定めなき労働契約と解しても臨時工には就業規則の適用のないことは就業規則第二条に「別に定める手続を経て雇傭契約を締結したものにして職員、工員」にのみ適用がある旨を定め、又臨時工が被申請会社の孰れの労働組合にも所属していないことからも明白である。

従つて被申請会社としては権利の濫用とならぬ限り申請人を解雇する自由を有しているのであつて、申請人の労働者としての不適格性と臨時工の必要性に応じて解雇したものである。

(ホ)  仮に本件雇傭関係が期間の定めのない労働契約であり且つ被申請会社の就業規則の適用ありとするも、本件解雇は正当な事由があり、その手続も正当に行われているので解雇は有効である。即ち、申請人は上司である組長、係長より上司の命令に反抗的であり同僚の折合も悪く他への転換等を求められているもので特に近藤組長は申請人の保証も為している者であるが、同人への反抗は甚しく職場の統制上からも解雇は止むを得なかつたものである。これは就業規則第一一条第四号所定の「会社に協力の熱意のない者」に該当するのである。

よつて被申請会社は右事由によつて八月一九日付を以て申請人を解雇し、解雇予告手当金も現実に提供したのである

以上孰れの点より見ても申請人の本件申請は不当であるから却下さるべきである。

四、申請人主張の五については申請人の給料額については之を認めるけれども、その余の事実については之を争う。

と述べた。

第三、疏明〈省略〉

第四、当事者間に争のない事実

申請人が昭和三五年二月一〇日被申請会社臨時工として採用され、同会社製造部製造課近藤組エアーマイクロメーター係として勤務し、その後申請人は被申請会社との間に同月二一日を第一回とし、同年七月二一日を第六回として毎月二一日から翌月二〇日迄の一ケ月の期間を限つて雇傭する旨の雇傭契約を合計六回に亘つて締結し、通算して六ケ月有余の間継続して同一の業務に従事して来たものであること同年八月一九日被申請会社は申請人に対し労働関係を終了させる旨の意思表示をした(その性質については後に判断する)こと並びに申請人が昭和三五年六月分の賃金として九、三四四円、八月分の賃金として九、四九七円を受領していた事実。

第五、当裁判所の判断

疏明によれば被申請会社は訴外トヨタ自動車の下請工場であつて、その従業員は職員工員を含めて約六一〇名あり、そのうち臨時工として一八〇名位を擁しているが、被申請会社が多数の臨時工を採用するようになつたのは昭和三四年五月ごろから訴外トヨタ自動車より自動車用キヤブレター等の受注が激増したことが原因で、その後同三五年五月下旬ごろ再び自動車用バルブの受注があり、求人時期が学校卒業期と時期的にずれていたので臨時工を以て充足することになり、毎月数名ないし数十名を臨時工として、新規採用していたことが明らかである。

臨時工の契約期間は孰れも当月二一日から翌月二〇日迄の一ケ月であり、給料の形態は日給で、契約の内容形式は成立に争のない疏乙第一号証(臨時工契約書)のとおりであつて労働条件、賃金が具体的に記載されている他「期間満了、作業終了と同時に契約を解消する」旨の記載が特則として記されていたことが認められる、臨時工を一ケ月後も引続き使用する場合には当該期間満了の二、三日前に被申請会社から翌月の会社生産目標に従いその月の雇傭人員を決定し、従来からの臨時工のうち必要と認める工員に対しては新たに一ケ月の期間による従前と同一形式の「臨時工契約書」に署名押印させてその都度契約する形式をとつていたこと、仕事の内容は本工とさして差が認められないが、本工は最初から正式の選抜試験を経て入社するのに対し臨時工は労務課長の権限によつて簡単な面接、或いは社員の紹介によつて契約が締結されることになつており、臨時工から本工に登用されるためには二ケ年程度継続して就労し、その間成績優秀で、且つ登用の詮考に合格した者に限られ、その数は昭和三四年五月に八名、昭和三五年六月に男子一三人女子一二名、同年八月に三八名を数える程度でこのうちには採用した際、見習工として入社し後に本工になつた数も含まれるので臨時工に採用する際、将来本工に登用することを予定しているものとは認められないこと他方右の如く雇傭せられた臨時工のうち一ケ月の雇傭期間の経過により、被申請会社との雇傭関係が終了となつた人員は昭和三四年七月以降三五年九月に至る迄に毎月二名乃至一三名を数えるのみであつて、その事由は主として臨時工の成績不良のため被申請会社において次期の「臨時工契約書」を交付せずして雇傭関係を終了せしめる意思表示をしたか、又は臨時工において自発的に次期の臨時工契約を結ばなかつたことによるものであつたことを認めることができる。

右のような事実に基き、果して申請人が昭和三五年八月二〇日以降の新契約締結につき如何なる地位を有するかを判断するに、被申請会社における臨時工は一ケ月の期間の定めをもつて雇傭せられるものであるが、その多数の者は一ケ月の期間満了により直ちには申請会社との雇傭関係が終了となるものではなくして、特別の事情のない限り相当多数回に亘り同一の契約条件期間をもつて契約の更新されている事実、申請人においても臨時工として前後六回にわたりその都度同一内容の条件で契約を締結して来た事実に鑑みるときは申請人と被申請会社との雇傭関係は一ケ月の期間の満了によつて何らの意思表示も要せず当然に終了するものとは解し難く、被申請人との間に同一条件を以て更に契約を更新できる旨の具体的期待権が存在するものと考えられ、右期待権は予め期間満了に先き立ち被申請人から契約の更新を拒絶する旨の意思表示が為されない限りはその後も引続き同一条件を以て継続されてゆく性質のものであると解される。

しかしながら、右の如く更新された契約はあく迄従前の契約と同一内容であり本件の場合においては一ケ月の確定期間を有するもので、期間の定めのないものに変化するわけではない。之は被申請会社における臨時工の性質がその業種からみて一時的な労働力の不足を補うために雇用される性格を有し一定期間通常の勤務状態を継続すれば将来詮考を経て本工に採用する旨の明示又は黙示の意思が契約全般から当然に看取できるような性格のものではなく、従つて通常見習工或いは試用員と呼ばれる場合とは凡そ類を異にしていると認められるからである。その他期間の定めのある雇傭が反覆して更新された場合に之が期間の定めのない契約に法的に変化するためには、業務の具体的事情、必要によつて更新されるのではなく使用者側が解雇予告の手続を免れるためとか、或いは解雇の際の正当な解雇事由の主張立証の煩をのがれるため形式的に短期間の契約の更新を反覆しているような場合で、法の保護せんとする労働者の権利を侵害するような「脱法の意図」の存在が必要であると解されるが、本件においては被申請会社にそのような脱法の意図のあつた旨の主張も疏明もないので、結局被申請人の申請人に対し八月一九日に為した労働関係を終了させる旨の意思表示は之を解雇の意志表示と見るべきではなく、単に従前為されて来た臨時工契約の更新を拒絶する旨の意思表示と見るべきであるから申請人の本位的請求は理由がない。

次に右のように解しても更新拒絶について正当事由の存在が必要であるのに本件においては之がないため右意思表示は効力を生じない旨の予備的請求につき考えるのに前示の如く同一内容の雇傭契約が反覆して継続更新された場合には更新拒絶の意思表示が為されない限り、更に同一内容の契約が締結されたものと看做されると謂うに止まり、本件の如く事前に更新拒絶の意思表示が明白になされている以上、これが権利の濫用をもつて目すべきものでなければ、更新拒絶に対し正当事由の存在迄必要とするものとは解されない。右のように考えても単に労働基凖法第二一条により第二〇条の適用があり予告手当の支払が必要とされるにすぎない。そして疏明によれば被申請会社は申請人に対し平均賃金の一ケ月分を支給していることが明白であるから何らの手続上の瑕疵はないものと言うべく、なお、申請人に対する本件更新拒絶を権利の濫用となすべき事実も認められないので右予備的請求も採用することはできない。

以上の次第で申請人の本件申請については申請人その余の主張につき判断する迄もなく失当であるから之を孰れも却下することとし申請費用については民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり決定する。

(裁判官 伊藤淳吉 村上悦雄 水野祐一)

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